リレー・フォー・ライフとは

リレー・フォー・ライフとは、1985年にアメリカ・ワシントン州シアトル郊外で、アメリカ対がん協会のゴルディー・クラット医師が始めた イベントです。
マラソンが得意なクラット氏が大学の陸上競技場を24時間回り続けるなか、友人たちは30分間だけ医師と一緒に回るごとに25ドル ずつ寄付しました。

その結果、1日で2万7千$が集まりました。
参加者を増やすために翌年からは医師、患者やその家族、
友人が数人ずつのチームを組むリレー形式になりました。
24時間歩 き続けるなかで、参加者の間にがんと闘う連帯感が生まれたのです。

単なる資金集めのイベントとしてではなく、地域社会全体でがんと闘うた めの連帯感を育む場としてリレー・フォー・ライフは大きく広がり、現在では全米4000カ所以上、世界20ヶ国以上で行われるようになりました。

開催方法は様々ですが、共通するプログラムとして「サバイバーズ・ラップ」(がんと闘う人たちの勇気を称え、がん患者やがんを克服した人たちが歩く)、 「ルミナリエ」(がんで亡くなった人たちを偲び、一人ひとりの名前を記した紙袋の中にろうそくを灯して並べる)などがあります。
ほかにバンド演奏、ゲーム、バーベキューなど様々なイベントで盛り上がります。

アメリカでのリレー・フォー・ライフの模様を動画で確認することができます。ご覧ください。

 

RFLの歴史

『それは、1人の一風変わった行動から』

・Dr. Gordy Klatt(クラット医師)のある思いつき

直腸・肛門外科医の彼は、アメリカ対がん協会支部に所属し、がんと闘病中の彼の患者全員を、もっとサポートしたいと考えていました。
予算は限られる中、彼は自分の趣味,マラソンで寄付を募ろうと行動しました。

・1985年・ワシントン州シアトル郊外・$27,000

彼は、マラソン大会を開くのではなく、1人で大学の陸上トラックを24時間走り、それを見物する彼の友人に、がんと闘うための寄付を募りました。 友人たちは途中からヘトヘトになった彼と寄り添い歩き、募金をしました。1986年・19チーム・$33,000:彼は1人歩きながら、チームで24時間を繋ぎ歩くイベントを発案しました。
友人Pat Flynn(リレーの母)の協力により、初めてのチームリレーが実現しました。

これが、リレーフォーライフの原点です。